雑学

【番外編】伝えずにはいられない高校野球感動秘話

どうも、hinamuchiblogのヒナムチです。とうとう蝉も鳴き始め、夏が到来しました。夏と言えばやっぱり高校野球は風物詩ですよね。私ヒナムチも昔は白球を追いかける高校球児でした。

今回は少しブレイクタイムとして、私の母校のとある女の子のお話をご紹介します。何かしら伝わるものがあればと思い記載しますので、是非読み進めてみて下さい。今回は短めなので5分弱で読めます。

高校野球感動秘話とある女子マネージャーの話

夏の終わり頃、私の母校の近くに住む中学2年生の一人の女の子から母校宛に手紙が届きました。手紙は以下のような内容でした。

『○○高校の野球部のみなさんへ。いつも地域清掃をしていただきありがとうございます。夏の大会テレビの前で応援していました。私も中学校で清掃活動を頑張っています。』

この手紙をもらった野球部員は顧問の先生よりこの手紙を共有され、これからも地域に愛される野球部を目指そうと心新たに練習や試合に挑みました。

その翌年、夏の大会の前に同じ女の子からまた手紙が届きました。

『この地域にはゴミが落ちていません。○○高校の野球部の皆さんがいつもきれいにしてくださるからです。地域のおじいちゃんやおばあちゃんもそう言っています。夏の大会頑張ってください。応援しています。』

と野球部員達はその中学生の女の子の野球部への更なる愛情の思いに心揺さぶられ、部員一同気持ちを一つにし、その女の子や地域の人の為にも全力で試合に挑みました。

残念ながら途中で敗戦し、甲子園出場はなりませんでしたが、地域に愛される野球部員であり続けるということを改めて後輩に託していく形になりました。

手紙は一字一字丁寧に心を込めて書いたことが分かるもので、野球部員も先生達もその女の子に是非○○高校に入学してくれるといいなあと話していたそうです。

高校野球感動秘話:翌年春に・・・

翌年春、野球部顧問の先生は部活動登録カードの中に『野球部マネージャー希望』と書かれた1枚のカードを見つけました。

『どんな子だろう』と顧問の先生が名前を見ると、なんとそのカードの名前に記載されていたのはあの手紙を毎年書いてくれた女の子の名前でした。

その女の子はなんと○○高校野球部の一員となったのです。

彼女の野球部への思いは、進学する一つの目標ともなり一生懸命勉強し、見事に合格の上、念願だった野球部マネージャになることができたのです。
そのことからも彼女のひたむきな思いが強く感じ取れました。

その女の子は入部以後はマネージャー業務を必死に行いました。暑いときも、寒いときも、遠くへ遠征試合に行っても憧れであった○○高校の野球部員を必死にサポートし続けたのです。

高校野球感動秘話女子マネージャーの夢

時の経過とともに彼女は三年生となりました。

野球部マネージャーとして、引退するまでに彼女には一つ大きな夢がありました。
それは高校野球の開会式でプラカードを持ち野球部員と一緒に行進するという夢です。

夏の高校野球の大会では、プロ野球の試合等でも使用されるメイン球場で開会式が行われます。開会式では野球部員の行進列の先頭で『○○高校』というプラカードを持ち野球部員と一緒に行進するという仕事があります。

その女の子のマネージャーは中学生時代から憧れていた野球部で、3年間マネージャーとして一生懸命頑張り、野球部員と一緒にプラカードを持ち行進できることを一つの目標でもあり、夢としてきました。

しかし、開会式の先頭にはその女の子の姿はなく、彼女はスタンドから野球部員の晴れ舞台を見ていたのです。

いったい何が起きたのでしょうか?

高校野球感動秘話野球部員への思い

彼女は当然プラカード持ちという大役をやりたいことを、顧問の先生に伝えました。顧問の先生も彼女のそれまでの気持ちを十分にくみ取り『ぜひ(その女の子に)お願いしたい』と伝えていました。

一方で、3年間ずっと腰痛に苦しみ抜きベンチ入りを果たせない野球部員A君もいました。そのA君にとっても、不本意ながらも腰痛と闘いながら野球を辞めずに、周りをサポートし続けてきました。

A君からしても、他の野球部員と最後の夏の大会で一緒に行進できることを目標にしてきました。残念ながら選手としてはベンチ入りできず、選手としての目標は叶いませんでしたが、彼もまたプラカード持ちとして最後まで他の部員を支えていきたいという強い気持ちをもっていたのです。

しかし、プラカードを持って行進できる人は一人しかできません。顧問の先生からしても、女子マネージャーのこともケガに苦しんだ野球部員のことも思うと非常に難しい判断で決めきれず悩んでいました。

そんな時に女子マネージャーから顧問の先生に

『私、プラカード持ちを(ケガで苦しんだ部員に)譲ります』

と言い出したのです。

顧問の先生は彼女が中学時代から○○高校野球部の事をどれだけ好きで、目標としてきたか分かっていたからこそ顧問の先生は「本当にそれでいいのか」と泣きそうになりながら尋ねました。

女子マネージャーからしたら正直素直には『はい』とは言いたくなかったでしょう。なぜならば誰よりも○○高校野球部を愛し、誰よりも長く○○高校野球部のことを見てきたからです。それでもその女子マネージャーは号泣しながら『はい』と顧問の先生に伝えました。

彼女は誰よりも○○高校野球部が好きであり、自分自身マネージャーとして三年間やってきたからこそ“野球部員である仲間”を思う選択をしたのです。

高校野球感動秘話女子マネージャーの思いから何を学べるか

号泣する女子マネージャーは自身の胸に満足感を抱いたのでしょうか。試合の勝ち負けなどということではありません。

彼女が中学生の時から抱いていた○○高校野球部への憧れや目標であった気持ちを、高校生活3年間で誇りに変えることはできたのでしょうか。

彼女の涙は本当に素晴らしく、誇りに満たされたものであってほしいですし、思い描いていた○○高校野球部マネージャー生活であったと高校生活三年間を振り返ってほしい、私はこの記事を読んだときそう思わずにはいられませんでした。

おそらく彼女は仲間や仲間を思いやる気持ちという大きな大きな財産を高校生活で得たことでしょう。

普段日常生活を過ごしているとこういった賞やメダルもないのに、炎天下で選手をサポートしてくれる人や、熱い気持ちを持ち、一途な気持ちで応援している人がいることを私たちは忘れがちなような気がします。

今回この記事を紹介するにあたり、私自身もこれまでの人生を振り返りました。どちらかと言えば、私は人の注目を浴びながら生きてきました。ただそこには両親、祖父母、妻、同僚、学生時代の仲間等の誰かしら、何かしらの支えや犠牲があったからこそです。正直当たり前のように、生きてきたことを自省しました。

皆様はどうでしょうか?

自身がこれまで生きてきた中で、周りから支えられてこなかった人はいないのではないでしょうか。

何かしらの形で、周りのサポート・協力があったからこそ、今の自分があるのではないでしょうか。

今そういった人達に感謝ができていますでしょうか?

私は今回の女子マネージャーの件から、今一度人生を振り返り、これからの人生関わる人すべてに感謝して生きていかなければならないと強く再認識致しました。

皆さま今一度これまでの人生を振返り、改めて今までお世話になった方々へ感謝の意を込めてメッセージや、言葉を伝えてみましょう

本日は少しブレイクタイムで私の母校で実際にあった、女子マネージャーのお話を致しました。

何かしら皆様の考えるきっかけになれば幸いです。

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ABOUT ME
ヒナムチ
法政大学出身の元銀行員ブロガー。 銀行員時代にうつ病を発症し、それを機に『働きやすさ』を求めブログを開始。 過去にアタック25、クローズアップ現代出演歴あり。 銀行時代の事や、その他為になること、気まぐれな内容を投稿していきます。 モットーは 『嫌々仕事をする人を減らし、日本社会を生き生きした労働者で溢れ返す』